創造に慣れる。

こんにちは、くどけんです。
田舎での帰省生活中に感じたことがあったので記事にしてみます。
目次
- ニセコで過ごす理由
- 用途未定の土地で“小さなまち創り”
- 計画よりも手を動かす:わが家のDIYの流れ
- 今回の制作:テラスづくりと子供たちの分岐
- 気づき:創造が日常になると、自発性が育つ
- これから:創造に“慣れる”ための環境を続ける
ニセコで過ごす理由
実家のあるニセコに来ています。空気の匂い、風の音、土の感触。ここに来ると、体の芯が“創るモード”に切り替わるのを感じます。
用途未定の土地で“小さなまち創り”
一部、用途が決まっていない土地があります。そこを活用して、子供たちと一緒に“小さなまち創り”を進めています。
「ここは遊び場かな?」「カフェもいいね」と、テーマはあえて固定しません。
使い方を決めてから動くのではなく、動きながら決まっていく——そんな余白を残しています。
計画よりも手を動かす:わが家のDIYの流れ
このプロジェクトは昨年から。まずは土地の整備から始まり、次にアスレチックづくり、そしてエクステリア(花壇づくり)へ。
綿密な図面はありません。必要最小限の段取りだけ決めて、朝からDIY。
「とりあえず作ってみる → 使ってみる → 直してみる」のループが基本です。
完璧を狙わないから、失敗も学びになります。創造において大事なのは、最初の一歩の軽さだと実感します。
今回の制作:テラスづくりと子供たちの分岐
今回は僕がテラスづくりを担当。はじめは子供たちも一緒に工具を持っていたのですが、途中で流れが変わりました。
息子は「僕はシーソーをつくる!」、娘は「私はテラスで出すメニュー(カフェ)をつくる!」と、それぞれの創作へ。
図面も正解もない。けれど、手は止まらない。表情は真剣。
この“勝手に進む感じ”が、たまらなく尊いです。
気づき:創造が日常になると、自発性が育つ
創造が日常にあると、「自分で何かを生み出す」のが当たり前になります。
誰かの正解を待たない。思いついたら手を動かす。やってみて、直す。
その循環にいると、発想の数が増え、失敗への怖さが薄れ、結果としてクオリティも上がっていきます。
創造に“慣れる”とは、きっとこういうこと。特別な才能ではなく、日々の筋トレみたいなものだと思います。
これから:創造に“慣れる”ための環境を続ける
これからも、この時間を大切にしたい。
決めすぎない計画、余白のある設計、手を動かす場、そして何より「やってみよう」と言える空気。
家族で小さなまちを育てるように、創造に“慣れる”日常を続けていきます。
それでは、また!